★大塚ミーナのプロフィール

 1968年9月22日 徳島生まれ。おとめ座,B型。武蔵野音楽大学音楽学部声楽学科卒業。大学在学中よりクラッシック音楽だけにとどまらず、森田あさみ、沢田知可子、野田幹子、B-FRESH、BABEEらのバックコーラスをつとめ、国籍もジャンルも異なるミュージシャンたちとレコーディングやコンサートツアーに参加。卒業と同時に単身渡米。自らの音楽性を探求すべく創作活動に打ち込み、その領域を広げる。コロンビアレコードからアシッドジャズオムニバスアルバム「JAZZ POWERS」を発表、”La Vaija”のヴォーカルとしてデビュー。日本はもとより、ニューヨーク、ロンドンでも話題を呼ぶ。
 帰国後、エレナオブラスツォアのもと、再びクラッシックを始める。オペラでは、「こうもり」ロザリンデ、「カルメン」ミカエラ、「泥棒とオールドミス」レティーシャ、「ラ ボエーム」ミミ、、「ヘンゼルとグレーテル」グレーテル、「子供と魔法」お姫様、白猫、「カバレリアルスティカーナ」ローラを演じ、その歌唱力、演技力ともに各マスコミで絶賛される。
 現在は、演奏活動の傍ら、大塚ミーナミュージックルームを主宰し、NHK文化センター、青少年センター、TWITTERSのゴスペル講師としても活躍している。四国二期会正会員、四国二期会副理事長、四国二期会徳島支部支部長、NPO法人徳島ミュージックユニオン理事、NPO法人とくしま障害者授産施設協議会とくしま授産製品ブランド化検討委員

 この番組のアシスタントをするようになったきっかけは、ある日、秋田町の”Mr.Ben”で一人飲んでいると、横に座った悪党顔した男に「よかったら一緒に飲みませんか。僕は、FMびざんでラジオの音楽番組をもっているんです。ぜひ番組に出演してもらえませんか?そのドラム缶のような太い腕が気に入りました。」と声をかけられたのです。(へ?ドラム缶??ずいぶん失礼な事を言う人だなぁ。。。)そして、番組出演後、くどかれる、くどかれる。「いやぁ、ミーナさんとは息が合うな。年の差を感じず、話が合う。僕のアシスタントになってください。一度、やらせてください。」毎日のように電話。。。よほど私のこと好きだったのね。別に息が合っているわけではなく、私はただ酔っ払いのおやじ(林)に話を合わせているだけなんだけどなぁ、と思いつつ、仕方なく条件付でアシスタントを引き受けることに。最初は隔週でアシスタントをしていたが、いつの間にか毎週するように。

 当時は、毎回番組で「おい、デブ。」とか「おまえの腕はドラム缶だ。」とかゲストの方々が同情するほどの言葉のセクハラを多々受けていたので、いつも放送終了後、「アシスタント辞めさせていただくわ。」と言おうとするのだが、「じゃ、ミーナまた来週頼むな。ミーナがいないと一人じゃ番組できない。ミーナは僕の全てだ。」と言われると心の優しい私は、つい言い出せないで今日にまで至っているのだ。今もなお、言葉のセクハラは続いている。しかし、慣れとは恐ろしいもので、「デブ!デブ!」いわれ続けると、打たれ強くなったのか感情が麻痺し、最近ではあまり気にならなくなってきたから怖い限りである。私は、人に林のことを紹介するとき、「けちで下ネタだらけで品がない。」と言う。が、以下の文も付け加える。「少年のような心を持っている。」よく言えば純粋だが、悪く言えばこども。しょっちゅう喧嘩を始めるから、(番組内ではほとんど無いが、放送後に、、、)アシスタントとしてはハラハラされっぱなし。そういう時は、しっかり林の失態にフォローにまわらなくてはならない。林は、こんな私の気苦労をわかっちゃないな。だから、労をねぎる意味で私の関係するオペラやコンサートの広告やチケットをたんまり買っていただくのである。。。しかし、そんな林も美しい奥様の前では、ものすご〜い亭主関白だからこりゃすごい。ぶったまげるほど偉そうにしている。が、奥様のことを本当に愛していると言うのがよくわかる。(これ、ほんと。)

 ★大塚ミーナの徒然日記
○第7回(平成21年 9月16日)

 何年振りだろう、更新するのは。最後に書いてからいつの間にか第二子男の子誕生。アリシアの時より数十倍楽だった。マイケル木村は私の命令いやリクエストに答えてハワイアンCDを調達。しかしまだ6月だというのに何故かクリスマスソングのCDだった。しかも分娩室に入る三分前に持ってきた、さすがマイケル木村。やることが違うっつうか、もっと早く持ってきておくれよ。リラックスするために聴きたかったんだよう。
 
ま、何はともあれ9分で生まれた。3350グラム。樋下婦長(ケイアイ)が頭が出かかっているのをみての一言が忘れられない。「あっらァ頭大きいわァ。」確かに大きくおっぱいを吸う力も強く、楽な子。そして私は乳腺炎を体験。あれはしんどかった。K助産師さんに教わり、民間療法でジャガイモをすり潰したのを小麦粉で混ぜたっけな???それをガーゼにつけおっぱいに貼った、湿布である。K助産師さんのエジプト人の母乳はすごかった、という話は私の知人達に語り続けさせておりまする。エジプト人のおっぱいマッサージをしたら10メートル飛んだ、というお話。
 
命名、輝人有漣こうとアレン。いつぞやゲストに大杉漣さんが電話生放送で出演くださったとき「うちの子の名前は大杉漣さんの漣をつけさせていただきました。」とついリップサービスで言ってしまった。ごめんなさい〜あれは嘘でした。
 
その後、すくすくと成長し早4歳。3歳で中岸かなとくんと一緒にバレエ発表会デビュー。あれはまた大変だった。王子様の衣装を着たくない、ご挨拶しない、と暴れ出したっけ。
 
周りからは男の子は活発だから大変でしょう?とよく言われますが、我が家には強力なアリシア嬢がいる。アリシアに比べたらアレンなんか大人しいのだよ、みなさま。
 
アリシアに将来何になりたいのか尋ねたところ、普通は先生とかケーキやさんとかお姫様とか答えるであろう。しかしアリシアは「トラ」と答えた。へ?トラってきた虎?あの猛獣の?種を超えたよ、みなさま。激しさは増すばかり。そんなアリシアもこの4月から一年生に。

一年生って結構大変。何が大変って朝起きるのが早いのだよ…世間一般では当たり前のことでしょうが、我が家にとっては一大事。私が一般的な就職、お勤めを選択しなかった理由は規則正しく生活できない、早起きできないから。
しかしながら、親の責任、義務となると毎朝早起きし子供の世話をしている。当たり前のことだけど。入学前は、この地域に同じ学年の友達も殆どおらず、心配していたが、親の心配子知らずで、あっという間に友達がいっぱいできた。家庭訪問、参観日、懇談会とやらも体験。学校ではあの激しいアリシアが大変お利口で学習意欲があり勉強もよくできるらしい。困っているお友達の面倒もよく見ているそう。信じられない。。。
 
ある参観日、授業が終わってからのこと、皆各自帰り支度をしているにも関わらず、アリシアは日直でもないのにせっせと黒板を消したり先生のだした教材を片付けたり、とお手伝いをしている。そんな姿を見てビックリ。誇らしく思いました。家では相変わらず激しいけどね〜。
 
アレンは激しいお姉ちゃんの元、たくましく日々成長している。アレンが好きなもの、トミカ、プラレール、トーマス、たくわん、梅干し、うどん、オムライス、サラダ。
 
最近猫を飼い始めた。アリシアとアレンが小さい子猫を慈しむ姿は大層微笑ましく情操教育になるかなと思ってね、、、。メスだと思い、アリシアが名付けるといって「ミケコ」。何で今時ミケコなんて古風な名前なんだよう。ミミに改めて二週間後、オスと判明。あらら。太郎に改名。これまた古風な名前。私はミミ太郎と呼んでます。
 アリシアの習い事。お絵描き教室に通い始め数ヶ月。お絵描きの先生は嵐?の相葉君に似ている。初めてのコンクールが動物園の絵画コンクール。描きました描きました、猛獣のライオンを。練習用のスケッチブックに描かれたオスライオン?????はちびまるこに出てくるような不思議なライオン。本番のメスライオンの絵はどうみてもトラ。さすが将来トラになりたいだけのことはある。微妙な絵である。残念ながら落選。アリシアは空いてるスペースにタイヤを描いたからまずかった、入賞しなかったんだ、と思っているけど、ちょっと違うとは言えない親心。世界にひとつしかない絵ですもの、賞に関係なく我が家にとっては素晴らしい作品でありまする。
先生曰わく、まだ慣れていないかな、と。私の分析では性格上、丁寧でなく雑なんだよ、、、。絵はイマイチだが(いえ私にしてみれば誇らしく思うが)、お習字ななかなかの腕前らしい。先生曰わく、筆にためらいがなく勢いがあるらしい。ふむふむ〜納得。つまり丁寧にゆっくり書かないお習字が性格上合ってるわけね〜さすがトラになりたいだけのことはある。
 
茶道。先生と先生のご主人が本当によく可愛がっていただいていて大好きらしい。おじいちゃんと呼んで毎回踊りやら歌やらを披露しているらしい。先日私にもお茶をたててくれた。
 
バレエ。素質なしだということが判明してきた。踊りは好きだなんだけどね〜。アレンもラップやヒップホップの曲に合わせてめちゃめちゃ上手に踊る。アリシアは、舞台が嫌になったらしい。緊張して胸がドキドキするんだと。1歳半でオペラデビューしたときは平気だったのにね〜。早期に舞台ばかり立たせ過ぎたかな〜。舞台慣れしてほしかったんだけど。アレンもアリシアも内弁慶。そういえば私も小さい頃内弁慶で人前で歌うなんて恥ずかしくて出来なかったなあ…今の私からは想像できないけど。だから人は変わるから、余り早くからやらせ過ぎなくてもよいのかな。やらせ過ぎるのもアリシアアレンのような子供には考えものな場合もあるわけだ。でも経験は必要である。やるのとやらないのとでは大きな差がでるからさ。ま、何事にもタイミングやチャンスや時期があるからほどほどに、が一番。
 実は私、網膜剥離と診断され、手術のため入院しているの。で、同室患者さん三人の話が興味深く、それぞれにストーリーがあり、思わず突っ込みたくなるわけ。でも直接突っ込む訳にはいかないから執筆しようとミーナの部屋再開。
 
私と同じ日に入院した白髪の大層上品なおばあさん。話し方に気品がありお育ちの良さを感じます。おばあさん、入院1日目の夜、消灯になるやいなやいびきかいて寝始めた。翌朝、看護士さんがよく眠れたかどうか尋ねると「いえ…よく眠れなかったわあ〜」と…おばあさん、あなたはよく眠っていたよ!と突っ込みそうになった。隣のおばあさんは、常にずっと痰を吐き続けている。痰きりもらってあげようか?と言いたくなる。看護士さんが大丈夫?と声かけても大丈夫、というから痰きり貰えず痰を吐き続ける。周りは不快なんだよう、と突っ込みたい。もう一人のおばさんは、大きな手術をしたあとらしく、苦しそうだった。高校生の娘さんとご主人が付き添っているが、おばさんはいらいらしてご主人に怒鳴りつける。ご主人も不機嫌になり帰って行った。あーあ、ご主人もうこないかも、と私は心の中でつぶやいていた。。ところが、ご主人、翌朝出勤前に来たのよ、ヨーグルトとか飲み物いっぱい保冷剤入れてね。術後だから何も食べられない奥さんの為に。また夕方にも。すごいと思った。奥さんの方は、というと…県外にいる娘さんが見舞いに来て、その娘さんにご主人への不満をずっと言い続けていた。聞き苦しかった、寂しく思った。そりゃまあ夫婦だから長年連れ添っていたら嫌な事も色々あるよね。でも娘にご主人の悪口なんか言わないで欲しい。(-ありゃマズイ、そういや私もたまにダーリンにイラついて不平をアリシアに言ってしまっている。これはヤバい。態度を改めなきゃ。他人のふりみて我が振り直せ〜だ。)
 
ところが、おばさんの体調がよくなるにつれ、夫婦に変化が現れた。今朝も出勤前にいらしたご主人におばさんから、おはよう〜と声掛けたり、ご主人も早くよくなってくれよ、と励ましていたり。夫婦愛を感じたよ。そんなおばさんは個室に替わって行った。残念。その後の物語がわからない。
 ヤッター!ヤッター!ヤッターマン!!(
う、マイケルボヤッキー木村のような事言っちゃった)痰吐きおばあさん()見事退院! これで快適な入院生活が送れるわ〜♪
白髪の上品なおばあさんのお話。御年数えで90歳らしい。月曜日診察にきてそのまま入院になったそう。着替えも何もなく家族の方は入院時に一度いらしただけ。火曜日もいらっしゃらず可哀想だったよ…。でもおばあさん決して愚痴ることもなく上品に「お勤めしてるからねえ、さて今日は着替え持ってきてくれると思うんだけどねぇ…。。」と看護士さんに話していた。どうやらおばあさんは転倒して脚を痛めて入院した様子。昨日、水曜日、お嫁さんらしき方がようやくみえた。ほっ。するとお嫁さんはちゃんと着替えなど入院時に用意して持ってきてくれていたらしい。おばあさん忘れていたみたい。お嫁さんいい人みたいで、せっせとお世話して帰って行った。今朝、看護士さんが着替えは?と聞くと、おばあさん「昨日診察にきてそのまま入院したがらねえ、何もないんです。さあ今日あたり持ってきてくれるかしら。お勤めしてるからねえ。」と答えていた。へ、おばあさん、昨日お嫁さんいらしてたじゃない!着替えも月曜日から置いてくれてるよ!つまりおばあさん、少し痴呆みたいなのね…。でもだけど誰からも愛されそうな可愛いちいちゃなおばあさん。私もああなりたい。あんな可愛いおばあちゃんになりたい。看護士さんみんなに「ありがとう、お手間とらせるねぇ、ありがとう」と本当に上品に可愛く話す。喜久子とは偉い違いじゃ!
 
実は私、網膜剥離と診断され、手術のため入院しているの。で、同室患者さん三人の話が興味深く、それぞれにストーリーがあり、思わず突っ込みたくなるわけ。でも直接突っ込む訳にはいかないから執筆しようとミーナの部屋再開。
 
私と同じ日に入院した白髪の大層上品なおばあさん。話し方に気品がありお育ちの良さを感じます。おばあさん、入院1日目の夜、消灯になるやいなやいびきかいて寝始めた。翌朝、看護士さんがよく眠れたかどうか尋ねると「いえ…よく眠れなかったわあ〜」と…おばあさん、あなたはよく眠っていたよ!と突っ込みそうになった。隣のおばあさんは、常にずっと痰を吐き続けている。痰きりもらってあげようか?と言いたくなる。看護士さんが大丈夫?と声かけても大丈夫、というから痰きり貰えず痰を吐き続ける。周りは不快なんだよう、と突っ込みたい。もう一人のおばさんは、大きな手術をしたあとらしく、苦しそうだった。高校生の娘さんとご主人が付き添っているが、おばさんはいらいらしてご主人に怒鳴りつける。ご主人も不機嫌になり帰って行った。あーあ、ご主人もうこないかも、と私は心の中でつぶやいていた。。ところが、ご主人、翌朝出勤前に来たのよ、ヨーグルトとか飲み物いっぱい保冷剤入れてね。術後だから何も食べられない奥さんの為に。また夕方にも。すごいと思った。奥さんの方は、というと…県外にいる娘さんが見舞いに来て、その娘さんにご主人への不満をずっと言い続けていた。聞き苦しかった、寂しく思った。そりゃまあ夫婦だから長年連れ添っていたら嫌な事も色々あるよね。でも娘にご主人の悪口なんか言わないで欲しい。(-ありゃマズイ、そういや私もたまにダーリンにイラついて不平をアリシアに言ってしまっている。これはヤバい。態度を改めなきゃ。他人のふりみて我が振り直せ〜だ。)
 
ところが、おばさんの体調がよくなるにつれ、夫婦に変化が現れた。今朝も出勤前にいらしたご主人におばさんから、おはよう〜と声掛けたり、ご主人も早くよくなってくれよ、と励ましていたり。夫婦愛を感じたよ。そんなおばさんは個室に替わって行った。残念。その後の物語がわからない。
 隣の痰吐きおばあさん、昨夜は物凄かった、心臓止まるんじゃないのか不安に思う程咳き込み(マスクしてくれよぅ)思わず私がナースコールしそうになった。けど今朝も元気よく?痰吐きでお目覚めしていた。ムカつく。
いや、そんなこといってはいけないわ…私は聖書の通り汚れた罪人であるから他人を批判したり罰することなど言えぬ。私が罪人ならば悪党林は何だ〜悪人だ。何はともあれ痰吐きおばあさんは今日退院する予定だ〜ヤッター!!何て言ってはなりませんわ!!でも言いたい!ヤッター!!
 
で、私はと言いますと、思い起こせば半年位前からコンタクト外して寝る時に、暗闇の中で特に左目が見えず、あれ?と思っておりました。先週火曜日、明らかに左目左下が見えない。視野欠損。角膜に傷かな?なんて思っていましたが金曜日藤田眼科へ。あいにく藤田先生は出張とやらで不在。何で居ないんだよ〜。。
 
別の医師が診察くださり、「網膜剥離です。絶対安静にしてください、時間に余裕がありません、月曜日徳大にいきすぐ入院、手術です。家事もしないほうがいい。」と。絶対安静と言われても、家事しないほうがいいと言われても、家に帰ればレッスンもあるし家事もある。激しい二人の子供がいる。一応入院の支度はし、月曜日までに2日あったから心構えもできたけど、ネットで調べると、失明の恐れあり、とか視力回復不可能とか色々恐ろしいことがわんさか書いてあり一気に怖くなる。何で私が?という風には思わなかったけど怖くなった。何で私が?って、そりゃ私が生まれてくる前に網膜剥離という試練に出会うプログラムを自分で選んだんだよ、そして神様が私のために与えてくださったのよ試練を。私を成長させるために、だから自分を責めないし、ましてや周りのせいでもないし、ただただ事実を受け入れて試練に打ち勝つよう精神を強くしていくのであーる。左目が失明してもいいじゃない、右目があるじゃない、まだ見えるわ〜。とは言っても本当は三回泣いた。もし右目も同じように網膜剥離になったらどうしよう、と先読みしたり。後から藤田先生の携帯に電話してみた。「今パリなんだよ、網膜剥離?そりゃ大変じゃないの、大丈夫だよ〜手術したら直るよ〜徳大には内藤っていういい医者がいるからね、ちょっと変わってるけど。」と。いつも藤田先生の言葉には勇気づけられる。安心させられる。ありがとう藤田先生。それにしても母喜久子の反応はすごかった。網膜剥離だと告げるやいなや「ほれみなさい、お母さんの言うこときかんけんじゃ!これからは言うこと聞きなさい!」と罵倒。へ?お母さんの言うこと聞いていたらならなかったのか?聞いたらこれから先もならないのか?ずっこけた。そうならば何でも言うこときいちゃうよん。((そんな喜久子は昨日見舞いに来た時、携帯をマナーモードにしていなくて携帯音がなり、「お母さん、マナーにしなきゃだめじゃないの!」と私が言うと「私は忙しいんじゃ、することいっぱいあるけん。」と責任転嫁逆ギレ。恐るべし喜久子。そんな母の言うこと聞くのか。))
 
痰吐きおばあさん退院で非常に静かになり平穏になった。しかし困った。平穏過ぎて同室患者物語が発展しないではないか!こうなったらこれからの白髪上品おばあちゃん物語に賭けてみたい!
 
そもそも何故眼科へいったかと言うと、勿論視野が狭くなったからだけど、金曜日の朝のレッスンで生徒さんが「それはおかしい。すぐに眼科に行って下さい!」と助言してくださったから。彼女は以前緑内障を患い手術なさったそうで凄く心配してくださり。本当は復帰したばかりのカーブスに行く予定だったのだけど、眼科は来週でいいかな、なんて思ってたんだけどひとまず行くことにして、網膜剥離と判明。
 
しかも彼女は、わざわざ月曜日の徳大での診察にまでも立ち合ってくださり(これには心から感激した。)、入院手続きまでずっといてくださった。聖書関連の本も貸してくださった。何と有り難いことか、くたばれミーナなんてメールを送ってくる悪人林とは偉い差だ〜!!
 
検査待ちの間もずっと色々な話をしてくださってね、あれ一人でいたら結構ブルーなままだった筈。有り難い。真の愛を痛切に感じました。

さて明日に手術を控え、今日は4日振りに洗髪、シャワー。
午前中にマイケル木村が現れた。
昨日タリーズコーヒー飲みたい!とリクエストしていたら買ってきてくれた。が、しっかりお金を請求された!本を買ってきてくれるよう頼んでおいたが、目に悪いからラジオにしなさいといってイヤホン貸してくれたがラジオはないしテレビもない。意味がないよ、キム。

 
そんなキムはマイケルからミッシェル(MICHEL)に改名することになったそうな。理由は直接キムに聞いておくれ。

 手術の前夜の最後の診察で別の小さい穴が見つかり、(何故もっと早く見つけてくれない!)
急遽レーザー治療。まさしくレーザーって緑色なんだね。そんなにガンガン打っていいのかよー大丈夫かよー適当じゃないのかよーって感じでござった。33歳の担当医師というのも大丈夫かよーって感じ。レーザーは重く響き痛い感じでしたが耐えられないほどではなく、まさしくまな板の鯉。マグロじゃないわよ。手術の確認で先生に「目の周りの麻酔4本痛いですよね?」と聞くと、「じゃ2本耳の後ろにしてあげるよ。」と。それも痛いよう!(でも結局、耳の後ろ一本、目の下に一本だった。)
 
何はともあれ手術日当日。予定時刻は2時半だったが、時刻を過ぎても誰も呼びに来ない。あーれー?って感じ。3時20分になってようやく手術室へ。
 
手術室へ行くまでストレッチャーで移動したんだが、揺れて既に気持ち悪くなった。手術室に入ると次から次へと、本当にまな板の鯉状態で何を話し掛けられてるのか理解不能に。耳の後ろの麻酔は思ったより痛くはなく、ただかつて経験したことのない手術段取りが有無を言わさずあっと言う間に次から次へと施され、正直気が狂いそうになり暴れて逃げ出してしまいたくなったよ。恐怖心でいっぱいで。目の下の麻酔は痛かった…けど陣痛促進剤の痛みよりはマシだ。手術中は点滴に安定剤とかも入れてあるみたいでぼーっとしているものの何やら最後の注射は身体が浮き上がるほど痛かった。他の病院施設では全身麻酔にするところもあるからねえ、と先生。アタシモゼンシンマスイニシテクレヨー!!と心の中で叫んだ。耳の後ろに麻酔したら喋れないんだよ、心で感じたり思っても喋れないんだよね〜あれも衝撃的だった。10分位に感じた手術は2時間も経過してた。
 
手術よりも術後の方が痛くて痛くてたまらない。鎮痛剤なんか全く効かず、私は今までの人生の中で一番泣いた。泣いた。痛くて泣いた。終わりがない痛みに感じ引き裂かれそうな痛み。初めてナースコールを押した。血圧も高く不安定になり看護師さんが担当医師に相談し、何やら痛み止めの注射をしてくれた。睡眠導入剤?安定剤?が入っているのか意識がフーッとなくなり寝ることができた。そしてしばらくして痛み止めが切れ、またまた痛くてたまらない。もう痛み止めは打てないのよ、と言って睡眠薬を飲ませてもらって朝まで眠れた。睡眠薬を飲ませてくれるとき看護師さんが「明日になったら楽になるからね。」と励ましてくれたのが本当に嬉しかった。この病院にはパッチアダムスのような医師はいない。確か数年前、小児科には鈴谷という医師が被り物着て診察していたらしいが。
 そんな鈴谷ドクターも今や二児の母。マイケル木村と結婚しマイケル木村んちの敷地内にジャネット小児科を開院してほしかったなぁ〜。看護師はわかめがいるし。そんな儚い私の希望、さっこちゃんも賛同してくれたけど、りんちゃんの「有り得ない」の一言で実現にはならず。キムはりんちゃんに会いに遙々ロンドンまで行ったのにね。キムの恋も儚くもジ、エンド。そういやロンドンに着いた日に同時多発テロ!容疑者扱いされたキム。挙げ句の果てにりんちゃんを自分のホテルのお風呂に誘って即効断られたキム。アーメン〜失恋に終わり帰国した日本は台風。キムは世界一ついてない男だ。
 
そんなキムは私が術後苦しんでいるときに不謹慎にも飲み会をしていたらしい。一次会は淡々と終わり、予約していた二次会には皆帰ってしまい、キム一人でいったらしい。寂しい男だ。そして、マスターとスコッチの飲み比べをし、ストレート数杯飲んで記憶がなくなったらしい。翌日また来院してくれ、そのスコッチの銘柄の違いを熱く語ってくれた。キム、私は飲めないのだよ…(-.-")
 
何はともあれ、同室の白髪おばあちゃんも退院。前日家族が「明日10時半か11時には迎えにくるけんな。」と言っていたにも関わらず、看護師さんが何時にお迎えがくるのか聞くと「さて、何時かしらねえ、聞いとらんのです。」と答える。いやいやおばあちゃん、10時半か11時言ってたじゃん!と突っ込みたかたよ。そんなおばあちゃんも退院され、私一人の何ともまあ静かな入院生活。
 
術後の経過があまり良くなく、水が引かずガスを注入することに。簡単な処置かと思いきや、手術同意書にサインしなければならず、プチ手術じゃん!!でした。病棟が新しい西病棟に移転になるため、器具も西病棟に移動されていたりして処置始まって、あれない、これない、と。私はまたまな板の鯉。点眼麻酔のつぎにまたまた一気に処置の準備で目のマスクやら消毒やら、キャー怖い!またまた恐怖心で心臓バクバク。息苦しくなり緊張。ガス注入って注射針だよう、痛いよう。注射される瞬間は「イエス様あああ」と心の中で叫んでいた。自然と涙がこぼれ落ちる。もう嫌だ!注射は嫌!
 
今朝の診察でレーザー治療はまだできそうにないらしく入院が延びることになった。ガビーン。
今日の午後西病棟に移ります。同室患者さんいたら新しい同室患者物語が書けるかも。乞うご期待!
 外出許可がでたので昼間だけ帰宅しているところに、間の悪いマイケル改めミッシェル木村が来院してくれたらしく冷蔵庫にキリンのノルアルコールビールが入っていた。キム、あたしゃ禁酒中だよ…。。何だかアル中患者になった気分にさせられた。
○第6回(平成17年 9月16日)

 この番組のHP作成協力:ガスの中岸商店〜中岸利彦氏の長男。奏登かなと君は、9/18にお宮参りをひかえ、すくすく成長。お初散髪をし、りりしくなりました。
 
うちの輝人有漣こうとあれんも生後3ヶ月になります。アリシアと違い、本当に静かなよいお子でございます。


○第5回(平成17年 6月16日)

 悪党林は案外いいやつだ。出産祝いに花と祝い金10万も宅配便で送って



                                                     くれ、、、。



○第4回(平成17年 1月11日)

 ディズニーのビデオをアリシアと見ていると、『ママ』といって指差したその先は、、、白雪姫であった。どうやら私は白雪姫に似ているらしい。まあ、容姿が似ているのもさることながら、実はビデオの中で白雪姫が高いきれいな声でWhistle While You Workを歌うので、私が歌っているとおもっているのだ。それもまたきれいな発音で「snow white(白雪姫のこと)」と自慢げに絵本まで開いてくれる。ディズニーは音楽もオケで素晴らしいし、情操教育に持ってこい。曲の強弱の合わせて体を上手に動かすのよ。激しく踊ったり(まさしくラテンの血)、優しく頭を傾げてみたり。食器も「お姫様がいい」と言って、プリンセスシリーズをおねだりする。ってなわけで、我が家はひそかなディズニーブームでありまする。もち、まだあんぱんまんもしまじろうもハム太郎も好きであります。

○第3回(9月30日)

 2004年9月24日、アリシアを連れて再び東京。今回の目的はディズニーランド。いつも泊まる新高輪プリンスからは直通バスがでていて、たったの40分。天気予報では週末は(金)晴れ、(日)晴れ。なのに私たちがディズニーランドに行く土曜日は雨マーク。なんでだよう、なんで土曜だけが雨なんだ???誰かの呪いか??でもまあ、昨年、文化の森で開催された「音楽の玉手箱」のとき、どしゃぶり雨をやませたことを思い出し、楽観的に構える。土曜の朝起きると空はどんより曇り空。今にもふり出しそうな気配。目的地に着きかけた頃、遂にぱらぱらと降りかける。が、動じず構える。30分もしないうちに、あ〜た、すごいわよ。雨がやんじゃったんだから。やむだけじゃなく、お陽さまニッコリ。我ながら逆境に強いと思ったよ。
 で、アリシアはというと、「ここはどこ?何なんだ?」と言った感じで、きょとんとしたまま。しばらくは、どこに連れてこられたのやら理解していない様子だった。が、パレードをみたらその態度は変わったわ。だって、目の前にミッキーやミニーが大観衆の中、踊っているんですもの。いやあ、素晴らしかったよ。なんといっても音楽が素晴らしい。オーケストラの迫力!!やっぱりすごい。踊りも素晴らしい、舞台セットも素晴らしい(ああ、これ、オペラで使えそう、なて思ってた)、構成も振り付けも素晴らしい。企業がこぞって¥だすのがよく分かる。子供だけでなく、大人にも夢を提供してくれるよね(月並みだけど)。絶対、子供の情操教育にいいよ、あれは。そして、平和な日本にいることがすごく幸せだよね。
 アリシアが大喜びした[IT'S A SMALL WORLD].今まで、全然面白くな〜い!なんて思っていたアトラクションだったけど、そんなことない。素晴らしいテーマだよ。世界中の子供たちが手を取り合い、仲良く平和に踊っているんだから。涙がでてきた。。。ちなみに、出てくる人形はアリシアの大好きなぽぽちゃんをでっかくした感じだったので、本人はぽぽちゃんだと思い込んでいる。また、それが可愛い。
 アリガトウ、ウオルトさま。こんな素晴らしい世界を作ってくれて。(一歩間違えればマイコージャクソンのようになるが、、、。)母、喜久子曰く「愛子様はかわいそうね、ディズニーランドにも行けないよ。」私「あら、貸切にするんじゃないの?」

 ん〜、何回素晴らしいと書いただろうか。それぐらい素晴らしかったのよ。私、自慢じゃないがLA、フロリダのディズニーのもいったことがある。でも決して楽しいと思ったことはなかった。好きでいったわけでもないし。あんまり、寓想の世界が好きじゃなくてね。遊園地とかも好きじゃなかった。女の子が固まってうじゃうじゃするのも嫌い。でもねえ、子供ができると感覚も変わるのかしらねえ。やっぱり、楽しいよ、素直に純粋な気持ちになれる。そして、子供想像力や優しい心の徳育にもつながるわ。いい音楽を聴き、観て楽しめる。改めて平和であることを感謝する今日この頃。徳島に帰ってきてからは、今まで見向きもしなっかたディズニーに興味を持ち始めたアリシア。また行こうね。

○第2回(9月22日)

 バイキン林に買って頂きました、私の誕生日プレゼント!!本当はぽぽちゃんのあらえま洗濯機の予定だったのだが、あいにく売り切れ、なかなかの売れ筋ヒット商品らしい。で、代わりにお医者さんごっことぽぽちゃんのお着替え洋服を3着。毎日、「よしむらしぇんしぇいしゅる(アリシアの主治医、吉村先生)。」と言っては、聴診器当てたり、熱を測ったり、薬塗ったり、飲ませたり、いわゆるごっこ遊びに熱中。何でも、幼児のときに、このごっこ遊びが充分にできていないと、大人になったとき幼児帰りのような症状がでるのらしい。「さあ、お着替えしましょ。」と言って、色んな洋服に着替えさせているアリシア。自分でも自分の洋服を一人で着替えられるようになった。恐るべし、ぽぽっちゃんの威力。また、ゴスペルのはるちゃんちの赤ちゃん「健太郎」が、はるちゃんの母乳を飲む姿を見てから、ぽぽちゃんに自分のおっぱい吸わせる真似も、、、。
 
暇があれば、本当によく歌っている。うちにウ゛ォイトレに来るマイケル木村の真似をして、譜面台に楽譜置いて「あっはっはっはっはあ♪(ドミソミドの音程で)」と発声練習から始める。んで、歌うときはリズム感よく、お尻ふりふりなんだよ、それが。超可愛いのだ。歌い終わると、深ぶかとお辞儀をし、カーテンの裏に隠れてオペラの時の、カーテンコールをする。
 
先日、かもめ会の運動会があり、アリシアも参加。アンパンマンのお面を被ってマントつけて走る競争をしたのだが、アリシアったら何にもつけず、ゴールめがけて猛ダッシュ!!!!もち一番。いただいた賞は《とてもはやかったで賞》(*^^*)な〜り〜。

○第1回(9月10日)

私の宝物、実子有詩杏(みこありしあ)2歳3ヶ月。平成14年5月23日生まれ。
好きなもの:アンパンマン、ハム太郎、ぽぽちゃん、しまじろう、白ご飯、たくわん、納豆、干しぶどう(豆だと思っている),風船好きな歌:Mary Had A Little Lamb. Humpty Dumpty. All Night All Day.Twinkle T Little Star.アンパンマン、ハム太郎、しゃぼん玉、ゆりかご、雪、赤いくつ、青い眼の人形♪赤いくつ はいてた 女の子 異人さんにつかまられていっちゃった〜♪ ”つれられって”が正しいのだけど、こう歌います。怖いなあ、捕まえられて連れて行かれるのかよ、、、拉致だ、、、。あと「ゆきやこんこ あられやこんこ」と『こぎつねコンコンやまのなか〜」とコンコンが似ているからか、同じ曲だと思っている。
 
何せ、歌はほんとに上手に歌う。どの歌もフルコーラス、音をはずさず歌う。発声練習も「あ〜あ〜」ときちんとする。ピアノも10本の指を上手に動かして弾く。今年、四国二期会のオペラに子役でデビューし,当時1歳9ヶ月だったが、見事に舞台に立った。(ええ、しっかり親バカです)毎日、そのオペラの出番で流れる音楽を聴かせ「この教会の鐘のおとが鳴ったら、アリシアは舞台にでるのよ。神父さんにご挨拶して歩くのよ。」といって、歩く練習をくりかえした。今でもそのシーンの音楽を聴かせると{ママ、早く!!オペラ始まるよ。神父さんが来るよ!」と言って歩き出します。すばらしい。カーテンコールだってちゃんとする。